はじめに~「レジリエンス」と「心理的資本」の関係
「レジリエンス」は「心理的資本」(Psychological Capital)といわれるポジティブな行動を起こすための「心のエンジン」(HERO)の一つの要素です。
従って当協会では「レジリエンス」を単体の心理的パワーとして捉える場合と、「心理的資本」の1要素として他の要素との相乗効果で捉える場合があります。
「心理的資本」とは何か?
1.「心理学」と「経営学」の融合から生まれた概念
最近「心理的資本」(Psychological Capital)という言葉をよく耳にするようになりました。
略して「PsyCap」(サイキャップ)とも言われます。
「心理」という言葉が使われていますが、特に経営学や組織論の分野で見かけます。
この第一生命経済研究所のレポートが代表的なものです。
また有名な人事部門向けポータルサイト「日本の人事部」でも取り上げられていました。
https://jinjibu.jp/keyword/detl/1523/
「心理的資本」は2006年にアメリカのネブラスカ大学のフレッド・ルーサンス教授が「こころの資本」という本で発表した比較的新しい概念です。
2.「心理的資本」が企業にも社員にも必要な理由~人材マネジメントとキャリア形成への影響
この「心理的資本」という概念を提唱したフレッド・ルーサンス氏(ネブラスカ大学リンカーン校教授)が「元全米経営学会会長」であることからもそのコンセプトは明らかに「経営学寄り」です。
現在日本における「心理的資本」という概念の解説書はこのフレッド・ルーサンス教授の著書である「こころの資本」(中央経済社2020年)のみかもしれません。
また2023年9月に「こころの資本」の訳者の一人である開本(ひらきもと)浩矢氏(大阪大学経済学部研究科教授)の「心理的資本をマネジメントに生かす」(中央経済社2023年)が出版され、「心理的資本」が企業の「人材マネジメント」と社員の「キャリア形成」に必須の概念であることを丁寧に解説しています。
要約すれば、このVUCA時代には、組織(企業)が必要とする「成果を生み出す社員の本質」として、これまで言われてきた「人的資本」(人材1.0)と「社会関係資本」(人材2.0)に加えて「心理的資本」(人材3.0)という新しい概念が重要視されるようになったということです。
また「心理的資本」は、人(社員)がせっかく持っている「人的資本」と「社会関係資本」を「宝の持ちぐされ」にしないための「心のエネルギー」とも言えます。(開本教授)
つまり社員側からの視点では「心理的資本」は将来の「キャリア形成」にとって、重要な「個人的資源」(スペック)と位置付けられます。
あるいは「心理的資本」は自分の持っている「人的資本」と「社会関係資本」を活かして、積極的な行動や自律的な目標達成につなげる「心のエンジン」になるという言い方もできますね。
企業にとっては「心理的資本」を発揮して成果を上げる社員を育成したり見極めることが「人材マネジメント」につながるし、社員にとっては「心理的資本」が自分のスペックの一つとして「キャリア形成」を成功に導く武器になるということになります。
3.「HERO」が「心理的資本」に選ばれた理由
そして「こころの資本」によれば、この「心理的資本」を構成している要素が「HERO」という4つの心のリソースであるということになります。
「HERO」は人が備えている4つのリソースの頭文字をとったものです。
Hope(希望、目標)
Efficacy(効力感、自信)
Resilience(乗り越える精神力)
Optimism(現実的な楽観性)
4つのリソースの頭文字をとって「HERO」と呼ばれます。
この「HERO」は、私たちが困難に直面したときに、どのようにそれを乗り越え、次のステップへ進むのかに大きな影響を与えます。
Hope(意志と経路の力)は、目標を達成するための意志と、そこに至るまでの道筋を描く力です。新しいことに挑戦する際に、どのように進むべきかを明確にすることで、自信を持って行動することが可能となります。
Efficacy(自信と信頼の力)は、自分の能力を信じ、挑戦に立ち向かうための力です。この自信があれば、年齢に関係なく新しいことを始める勇気を持つことができます。
Resilience(乗り越える力)は、失敗や困難から立ち直り、再び挑戦するための回復力です。どんな年齢であっても、困難に直面したときに諦めずに立ち上がることができるのは、この力のおかげです。
Optimism(柔軟な楽観力)は、未来に対して前向きで柔軟な姿勢を保ち続ける力です。新しいことを始めるときには、楽観的~視点が必要不可欠であり、これが行動を促進する大きな要因となります。
ではなぜこの4つのリソース「HERO」が「心理的資本」に選ばれたのでしょうか。
実は「心理的資本」には以下の4つの選択基準があります。
1.ルーサンス教授の「ポジティブ組織行動研究」の理論に基づくこと
2.妥当な測定方法があること
3.開発可能であること
4.定量的な業績と関連していること
そしてアメリカの研究によれば
・「心理的資本」によって説明できる業績への割合は、約10~20%
・「心理的資本介入」(PCI=2時間の研修)による向上率は約2%
と言われています。
4.「心理的資本」のさらなる展開
そして「こころの資本」の原題が「Psychological Capital and Beyond」である意味は、後半で「ポストHERO」として以下のようなリソース(ポジティブ概念)が次の「心理的資本候補」として現在研究途上にあることが明示されているからなのです。
・クリエイティビティ
・フロー
・マインドフルネス
・感謝と赦し
・エモーショナル・インテリジェンス(情動知能)
・スピリチュアリティ
・本来性(オーセンティシティ)
・勇気
極端なことを言えば、自分の心にあるリソースでポジティブな推進力になり得るものであれば、ルーサンス教授に認定されなくても「My心理的資本」としてどんどん活用すればいいのではないでしょうか。
そしてさらに「こころの資本」の最終章(第10章)のタイトルが「心理的資本の終わりなき旅」であるように、フレッド・ルーサンス教授は、これからも「心理的資本」の理論構築と研究は続いて行くと結んでいます。
5.組織と個人にとって「HERO」の重要性とは?
「こころの資本」では「HERO」が組織の人材マネジメントと個人のキャリア形成になぜ重要なのかをそれぞれの章で説明しています。
「Efficacy」:効力感と自信
「Efficacy」は、自分の能力で目標を達成できると信じる力です。人材マネジメント及びキャリア形成においては、以下の点で重要です。
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チャレンジへの積極性: 「Efficacy」が高い人は、困難なプロジェクトや新しい職務に前向きに取り組む傾向があります。これがキャリアの幅を広げるきっかけとなります。
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自己主導型のキャリア開発: 自信を持ってスキルアップやネットワーキングに取り組むことができ、キャリアの可能性を積極的に広げられます。
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逆境での行動力: 昇進や転職といった重要な選択肢においてリスクを取る勇気を持つことができます。
「Hope」:希望と目標
「Hope」は、目標達成に向けたルートを描き、それを実現するモチベーションを維持する能力です。人材マネジメントとキャリア形成においては次のように作用します。
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長期的なビジョンの形成:「Hope」を持つ人は、キャリアの目標を明確にし、それに向けて段階的に計画を立てます。
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逆境への対処: キャリアの壁や挫折を乗り越える際に、柔軟に対応し、新しい方法を模索する力になります。
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キャリアトランジション: 転職やキャリアチェンジといった変化に対して前向きに対応し、新たな可能性を追求できます。
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「Optimism」:現実的な楽観主義
「Optimism」は、ポジティブな結果を現実的に予測し、それを信じる心の傾向です。これが人材マネジメントとキャリア形成に与える影響は以下の通りです:
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ストレスへの耐性: 難しい状況でもポジティブな見通しを持つことで、ストレスを軽減し、精神的な健康を保てます。
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失敗からの学び: ネガティブな経験も成長の機会と捉え、次の挑戦に活かす姿勢を育てます。
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人間関係の向上: 明るく前向きな態度が同僚や上司との信頼関係を強化し、キャリア開発の機会を広げるきっかけになります。
「Resilience」:乗り越える精神力
「Resilience」は、逆境や困難を乗り越える力です。人材マネジメントとキャリア形成においては、以下の点で重要です。
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変化対応力の強化: 組織の変革や市場の変動といったキャリア環境の変化に柔軟に対応できます。
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長期的なキャリアの持続性: 挫折や失敗に直面しても短期間で立ち直り、目標達成に向けて努力を続けることができます。
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挑戦への積極性: 高い「Resilience」により、リスクを取ってキャリアを進展させる勇気を持つことができます。
6.「心理的資本」の開発方法
ルーサンス教授の「心理的資本」の選択基準の一つに「開発可能」であることが明示されています。
つまり「HERO」の4つのリソースは、すでに心理学分野の研究でトレーニング方法が開発されている概念なのでそれを前提にフレッド・ルーサンス教授は「PsyCap Development(PCD)モデル」を構築し以下のように解説しています。
1.「 Efficacy」の開発
目標達成に対する自信を高める力をつけるために
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挑戦的な目標を設定する: 簡単すぎず、達成可能な目標を設定し、成功体験を積む。
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ポジティブフィードバックを受ける: 上司や同僚から肯定的なフィードバックをもらい、自分の能力への信頼感を強化する。
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ロールモデルを観察する: 他者の成功から学び、自分もできるという意識を持つ。
2. 「Hope」の開発
目標に向かって進むための意志と方法を得る
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SMARTな目標を作る: 明確で達成可能な目標(Specific, Measurable, Achievable, Relevant, Time-bound)を設定する。
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代替案を考える: 困難に直面したときの複数の道筋を用意し、柔軟に対応する力を養う。
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ポジティブな自己対話を実践する: 自分自身に励ましの言葉をかける習慣をつける。
3. 「Optimism」の開発
未来に対して前向きな期待を持つ力を得る
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成功を自己原因に帰属する練習: 達成した成果を「自分の努力の結果」と認識する習慣を持つ。
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悲観的思考を再構築する: 失敗や困難を一時的なものと捉え、長期的な目線で解決策を考える。
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感謝の練習を行う: 日々の小さな成功や幸せを意識し、記録することでポジティブな視点を養う。
4.「 Resilience」の開発
逆境を乗り越える力を高める
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過去の成功体験を振り返る: 困難を乗り越えた経験を思い出し、自分の強みを再確認する。
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ストレスマネジメント技術を学ぶ: 呼吸法や瞑想、運動を取り入れてストレスに強くなる。
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サポートネットワークを構築する: 信頼できる同僚や友人との関係を深め、困難な時に支えを得る。